出羽三山神社さま季刊誌への掲載


去る6月7日、
太古の昔より尊き神霊の鎮まられる神山として、数多の尊崇をあつめてこられました出羽三山神社様にて
演舞・演奏奉納の機会をお授けいただきました。

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御縁・お導きをいただきました羽黒山修験道松聖 星野文紘先達に
この場をお借りしまして心より御礼申し上げます。
また、たいへん光栄なことに
季刊誌「出羽三山」への演舞後記を寄稿・掲載させていただく恩恵にあずかりました。


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こちらの転載をもちまして、出羽三山神社様ならびに宮司様・神主様各位への感謝とさせていただけましたら幸いに存じます。

まことにありがとうございました。


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オリエンタル舞踊「光風水の祝祭」奉納
 ~ 生まれ変わりの旅路に導かれ~

      オリエンタル舞踊家 姫川貴々


ー 舞は姿にして 姿は心より なる
かつて踊りの道を志したころ、心の恩師である舞踊家の方から直筆の書でこの言葉をさずかりました。
こころ・・・音読みで「此処」にも通じ、生かされているこの場所で、今ここ精一杯の自分を捧げる姿。
心が映し出される姿と形は、時に静かに時に熱く心を調えることから始まっているのだと学ばせていただいてまいりました。
稽古場や舞台の上だけが舞ではなく、また稽古や舞台の達成を目指すことを目的とするだけでなく、
日常動作や所作そして基本の稽古を丁寧におこなうことから、心に舞のもとは育っていくのだと・・・
日本舞踊を教えていた名取りの母も、
やはり日常に芸の真髄はあることを背中で教えてくれていたように思います。



かつて東京にて17年間、オリエンタルダンスのパフォーマーまたインストラクターとして活動してまいりました。
一般にはベリーダンスという呼称で知られており、近代エンターテイメント性の高い舞台芸術が一般的です。
しかしその歴史は古く、紀元前3000年前後に古代メソポタミアで栄えた、シュメール文明の神殿祭祀に起源をもつ世界最古の踊りといわれております。

女神崇拝が主だった古代社会において国家安泰、大地の豊穣、子孫繁栄を祈願する神殿では、深遠かつ華麗な歌舞音曲が捧げられていたようです。

自然の中にあるいろいろな動き・・・うず巻きや波、8の字(無限大のマーク)、振動、などを体で模していくこの踊りはとても優美で典雅であり、
すべてのはたらきの中に神を見出していた古代の人の心に同調できるような気がします。


かつて祈りの場にあった美しいダンス。
そしてやはり古代よりすべての自然現象や命あるものに神を見出した我が祖国に、さらに合ったかたちで伝えたく思いました。
そのため故郷である京都へ居を映し、新たに「オリエンタル舞踊」と銘打つ形式を創り、現在では地元に根付いていきながら美しい日本各所や日本女性のための活動をしております。



このたび、6月7日(水) 出羽三山神社三神合祭殿にて
「光風水~ひふみ~の祝祭」と題してオリエンタル舞踊剣の舞・灯火の舞・羽衣の舞・旋回舞踊アメノウズメを、
ならびに稲垣遼氏・大橋翔氏の楽士2名による石笛・龍笛・ディジュリドゥ・フレームドラム演奏を御奉納させて頂く機会を授かりました。

古来より東日本修験道の聖地として栄えられた出羽三山神社さまは、昨年4月に「出羽三山生まれかわりの旅」として文化庁より日本遺産認定を受けられたとお聞きいたしました。
まことにおめでとうございます。
修験道の開祖 役行者の行よりさらに古くから出羽三山は人々の信仰の拠り所であられたそうで、自然と信仰が今も息づく聖地に詣らせていただきましたことに、深く深く感謝申し上げます。



はじまりは羽黒山修験道、山伏の最高松聖を務められる星野先達に御縁と御厚意をいただきましたことです。
舞を神様に御奉納するということに思いを重ねる日々を過ごし、出羽に入らせていただいて初めて随神門の中へ足を踏み入れた時には、山の御神気と清麗な空気に包まれただただ感動していました。
八百万の神々に、いまお目にかかっていることを肌で実感する時間。
飛沫が光り輝く滝に、生い茂る木々や草に、鳥の歌に、すべてに神様の尊い御意思と愛を深く感じて、山頂の神殿で迎える御奉納の時へあらためて感謝の念に満ちておりました。



「光風水の祝祭」は当初、出羽三山神社本殿での御奉納だったのですが、当日朝に星野先達が「蜂子皇子社、そして弁天社(厳島神社)でも
般若心経と舞と音で祈りを合わせてほしい。」とおっしゃってくださいました。

「受けたもう。」

羽黒山伏だけに伝承されるこの言葉に私たちは心1つに合わせ、支度をととのえ登拝していきました。



正式参拝、そして星野先達の螺貝がいつも祈りの場・心を開いてくださいます。そうして清らかに張りつめた空間に、ただただ今此処のこころを委ねて入っていきました。
道拓きの象徴としての剣をかかげる儀式にはじまり、天地人をつなぎ神様の御意志を地上に再現したい祈りを込める旋回舞踊まで、私たちの祈りの形である音霊・形霊を捧げていきますと、ご参列くださっている皆様の思いもともに舞っているような氣持ちになりました。
生かされていることへの純粋な感動と感謝がこみ上げて・・・あのような境地は初めてのことでした。

そのあとの蜂子社、厳島(龍神)社においても満ちた場のエネルギーは高まり続け、古よりこの地の自然に捧げられた数多の先人の方々の祈りと同調しているかのようだったのです。

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後日知人が送ってくれた写真では、舞で用います絹の羽衣が旋回によって龍のような姿で写っておりました。
もしかしたら私達の心が1つになって、この聖地を守る龍神様が見守ってくださっていることをお知らせしてくださったのかもしれない・・・と感じてしまったほどです。
それほどに、星野先達と御神職の皆様が開いてくださいました祈りの場のエネルギーは熱気を帯びておりました。


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前述いたしましたように、私が精進しておりますオリエンタル舞踊は自然のムーブメントを模した形(かた)となっています。
そこにはよろず龍神のおはたらきがあるように思っていました。
このたびの奉納演目「光風水~ひふみ~の祝祭」では、まさに光となり風となり流れる水としての龍神様が上空を飛びながら見守ってくださっていたようにすら感じます。
なぜならば、御奉納がとどこおりなく終わったあと、見計らったかのように雨が降ってきたのです・・・
まるで「しかと見届けたぞよ」とおっしゃってくださっているかのように。
このように自然という形で神様と呼応しあえる奇跡が、この聖地の波動であり土地を守る神様のお力だと深く実感いたしました。


洋の東西はちがえど、古来より人間が感動と畏怖をもって自然と向き合い、そこに神様の感応を受け取ったことは共通していると思います。
修験道の尊い行場であり、山岳信仰の母のような出羽三山で、御奉納を通じて生まれて初めての体感・体験を感受したということは本当に生まれ変わりの機会をいただけたのだと思いました。


舞踊家として道未だ半ば、いえ、道は一生の学びであり祈りである身、この身にあまる幸いに今も胸を打たれております。


今回の場にお導きくださり調えてくださいました星野先達、出羽三山神社の皆々様、まことまことに有り難うございました。
これからも心すなわち魂をととのえ、姿であらわす祈りである舞に、そして日々の端々にその心をもって精進してまいりたいと存じます。
とともに、偉大なる自然の小さな一部としての命を謙虚に営んでいけますよう、お誓いを新たにしている次第です。


姫川貴々 拝


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